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<視点>誰かの大切なものを傷つけないで 東京五輪・パラリンピック

バズる指数ピーク 121

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近頃の報道の中では稀なバランスの取れた良記事。世の中の多様性をちゃんと考えたら強い意見はなかなか言えないはずなんだ。特に刺さったのはここ。

「殺伐としてしまった世の中で、大切なものを「不要不急」と言われ傷ついた経験は、少なからぬ人にあると思う。」
「あざけりののしるような言葉を平気で書き込む人もいる」と書いてますしそういう人もいるんでしょうが、それと五輪開催反対の声をすべて同一視しちゃうような書きぶり。なぜこうなるのか。
すごく良い。こういう理知的で、でも思いやりにあふれた内容を書ける人って素敵。
これはちょっと……感傷が過ぎるのでは。人の感情は自由だし、同じことを選手自身が言うなら(賛同はしないが)その心情を想像することはできる。でもこれ、新聞記者が、新聞で、今このときに表明することだろうか。私はそうは思わない
コロナ禍での大会を戦時に例える表現も散見するが、大会は本来、夢の舞台だ。もし開催できなかったときは、反対してきた人であっても、コロナ禍で大切なものを失う人がまた増えていくのを、悲しんでくれたらと思う。
良記事。
他人の痛みにまで鈍感になっていかぬように……
東京新聞の良心、神谷記者。覚えておきます。
神谷円香記者、きちんとこのあたりの「 のなかにオリンピックも含まれるはずでは?」も書いてるのは偉いな。
の選手を取材していて思う今の心情を伝えておきたくて書きました。五輪・パラばかりが特別ではありません。でもそこに関わる人たちもまた 禍で大切なものを前に「これは不要不急なのか」と悩み傷つく1人です。
パラリンピックって、一般の障害を持つ人からも、すごく評判が悪いのに、こういう軽口を吐くの、うんざりだわ。
<「今日はデモなかったですよね。パラリンピックはやっていいってことかな」。走り幅跳びで代表に内定している山本篤選手は、あえて明るく冗談を言ってから語った>
パラ選手の取材を重ねてきた記者のオピニオン記事。
東京新聞

大会への選手の熱意に触れ

"もし開催できなかったときは、反対してきた人であっても、コロナ禍で大切なものを失う人がまた増えていくのを、悲しんでくれたらと思う"

共感します。人の痛みを無視はしたくない。
取材すればするほどの苦悩。私も担当だったら割り切れないと思う。こういう意見には反発も多いかもしれないが、同じ媒体に記者のいろんな意見が載るのが新聞の良いところ。
誰かの大切なものを傷つけないようにしていると結局は遠慮なく傷つける者が勝つのだということが東京五輪の教訓であるがパラリンピックをダシにするのはもはや最低の醜悪さでしかないことは指摘しておく
パラスポーツへの注目と発展を願い、大会を待ち望む人たちの顔を思い浮かべると、個人の心情として「中止に」とは言えない。(社会部・神谷円香)
そもそも、誰が、どんな動機で五輪を招致したのか、招致の際の「賄賂疑惑」はどうなのかを総括するのが先。五輪をやろうがやるまいが。
理性が感情に支配されるのはごめんだ。
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