メディア記事

自己肯定感が高いほど運動能力が高い 北海道教委調査

バズる指数ピーク 171

 twitterコメント 243件中 101~200件
多分因果が逆だと思うんだよなぁ……
逆じゃないかな。運動能力が高い子供にとっては楽しみも張り合いもあるのであって、体育の授業や運動会の経験で運動そのものが嫌いになる人は珍しくない
うわあ。科学的論理的な思考をしなさい道教委。
そらそうだろうよ 運動できれば凄い凄い言われてちやほやされて人気者で、みんなに合わせてゆっくり走れとか言われないでどんどん早く走っていいんだもん 勉強でも同じようにしてくれよ
うーん、どうなんだろねそれは
そらそうだろうよ 運動できれば凄い凄い言われてちやほやされて人気者で、みんなに合わせてゆっくり走れとか言われないんだもん
ビバ精神論。🤮
因果が逆に感じる。私の自己肯定感が上がったのは体育の授業で格付けされなくなってからだ。
俺は因果が逆だった。
筋肉付けたら自己肯定感多少マシに。
逆じゃね?

運動できるから自己肯定感が高くなるのでは?

小中学生のころって運動できるやつがモテるし

「自己肯定感を高めるために全員が基準値まで運動できるように!」

とかトンチンカンなことやりだしそう
これは因果関係が逆ですね、間違いなく。

教育委員会も毎日新聞の記者も、もう少しきちんと調べたほうがいいと思います。
相関関係と因果関係を混同してないか?「体育で運動能力向上を実感→自己肯定感が高くなる」これが成り立つからといって「自己肯定感が高くなる→運動能力向上」とはならないだろ。
根拠はないけど擬似相関の匂いがぷんぷんする。
すくなくとも多分、
「運動能力が高ければ自己肯定感が低くなるリスクが減少する」
というべきなのでは無かろうか。
「個人個人のレベルに合わせて自己肯定感を高める(褒め上手な)」某有名大手フィットネスクラブみたいな体育の授業だったら皆楽しいし伸びると思う…みたいなことを言うと、「学校の授業は遊びじゃない!」とお叱りを受けそうな予感がする。
運動すると自己肯定感が下がるということ
相関関係を学び直せ。
学生時代の体育なんて思い出したくもない私のような人間にしたら、関わり方や評価や環境等が違えばスポーツに対して苦手意思を拗らせる事も無かったかもしれないと思うことあった。
大人になってから読んでも、これは酷い…そういうとこぞ!と思ったわよ。
この理屈で言えば、自己肯定感が高いほど勉強もできるし、自己肯定感が高いほど美形だし、自己肯定感が高いほど金持ちだろうよ

バ カ じ ゃ ね え の
これ逆だと思うんだけど、。
因果関係が不明です。それで、何をしょうと、どんな施策をとお考えなんですか。この調査の趣旨や目的を明らかにすべきです。
因果関係と相関関係どうなってるんだろ?
…道教委は「体育の授業で自分の動きの向上を実感している児童・生徒は、スポーツや体育の授業を好みやすく、挑戦心や自己肯定感が高いため、体力合計点が高い」と分析。…

運動能力が向上したから自己肯定感上がってるんやん
運動できないと学校という場所では自己肯定感なぞ持てなかったよ。運動苦手だと恥を感じるような教育だった。今は違うといいけど。
運動能力(≠体力)は性別や人種による差異も大きく差別や優生主義につながりやすい。軍人やスポーツ選手以外、運動能力が社会的地位や収入につながることはない。運動能力が高い子の優越感を無駄に育てることで、運動能力が低い子の自己肯定感を下げないで欲しい。
日本の教育界ってどうしてこういう希望的観測を招き入れる安易な因果を探したがるのだろう。逆でしょ。
息子はものすごく運動能力は低かったし、自己肯定感もどん詰まりで自傷ばっかりだったケド、療育で本当にスモールステップで体を動かせるようになって、本当に元気一杯、スポーツ大好きになってるよ。
え?そうなんだ?
「運動能力が高いほど自己肯定感が高くなる傾向」と書いた方がいいのでは。。
自己肯定感アップさせて運動能力が上がるって、それ旧時代の精神論では。。。
「体育の授業で自分の動きの向上を実感している児童・生徒は、スポーツや体育の授業を好みやすく、挑戦心や自己肯定感が高いと分析。「体力向上には挑戦心や自己肯定感の育成が必要」とする。
いやいや、運動が出来ない子を蔑む雰囲気の社会ということじゃない?
運動能力の高い人間たちの自己肯定感が高かっただけで、自己肯定感を高めれば運動能力が上がるものでもない気が…🤔

身長だって同じことが言える気がするが、自己肯定感高めりゃ身長伸びるの?って話。
運動能力が低い児童・生徒の自己肯定感が低いことを問題視すべき。早産や早生まれだと幼年期の運動能力が低いのは当然で、小中学生の自己肯定感が低いことが分かったなら、如何に低めないか対策を考えるべき
、できるorできない他人への歪んだ感情も減っていきそうですね😃
ちょっとありそうですね🧐
早生まれの小学生の運動能力は体格による違いが出やすかったりしますが
周りに時間の問題で
負け続ける経験を積み重ねて自己肯定感が下がったり

同じ早生まれでも出来るように思い込ませたグループは
能力が高くなりやすいとかあります
逆でしょ
ガキの頃自己肯定感めちゃ高かったけど、マラソンとか部活で自分の運動性能たいしたことないな?と気づいた口だけど??おだててその程度だったってことか。🤔
はいはい疑似相関疑似相関と思ったけど、1つの学校内の比較じゃなくて公立中学校同士の比較ならまぁ多少は妥当な分析か.....…?という気にならなくもない、公立中の間でも親のSESに有意差はあるから注意がいるが
馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。キョーイクイインカイが言葉間違ってどうする。
ここで言われてるのは「自己効力感」
自己肯定感というのは「運動ができない自分」も認めるってことだ!
相関と因果もわかってない奴が、ドヤ顔で発表する赤っ恥案件かな。
運動能力が高いから自己肯定感が高いとか、他の因子を検証とかしてないだろコレ
因果関係逆。絶対因果関係逆!!(涙目で叫んでるのはオレだけじゃないはず)
自分は運動できる方だったから自己肯定感削られなかったけど、日本の授業のやり方じゃ幾らあっても足りないと思う。
特にバレーボールとかの一発のミスでどうしようもなくなるスポーツ。
もちろんコレは逆。運動能力が高いから自己肯定が得られるのだ。コトに男子小学生は決定的で、その地位はほぼ足の早い順と言ってかまわんと思う。半世紀たった今もソコは変わってないはず。
競争的自己肯定感のことかあ。因果関係、逆だな。
因果が逆だとツッコミ多数のようだが…
対偶をとると「運動能力が低いほど自己肯定感が低い」か……僕の事じゃんか!
え?因果関係が逆ではないか、とか疑似相関じゃないか、などとひとまずいろいろ浮かぶが、面倒くせえからどうでもいいや、こんな調査。
「体育の授業で自分の動きの向上を実感している児童・生徒は、スポーツや体育の授業を好みやすく、挑戦心や自己肯定感が高いため、体力合計点が高い」
ここからなぜ↓の結論に??独立変数と従属変数を……。
子どもの場合、運動能力が高いと自己肯定感が高い、なんじゃないかな? 足が速い男子はモテる、的な。
気になったので元記事を読んだが、推論がかなり主観的で、まだ議論するものにもなってないのでは、、と思った

たぶん「運動能力と自己肯定感には正の相関がある」の方が、より正確な表現なんだと思うな
《運動能力が高い要因について、…「自己肯定感」が向上するように工夫されている――などとしている。》

因果関係が逆だろうに。教育委員会は何を考えてるのか。
運動できるから、スポーツや体育を好むし、チャレンジもする。自己肯定感が上がる。
「体力向上には挑戦心や自己肯定感の育成が必要」って真逆の結論。
教育委員会ほんとこの世に要らない…
うちの子は自己肯定感がめちゃくちゃ高いのだが、驚くほど運動音痴。
実際のデータや統計処理を見ていないのであくまで感覚や自己の経験からですが、「運動能力が高い」から「自己肯定感が高い」という結果になっているような気はします。
因果関係が逆。
運動神経が良くない→チームプレイで足を引っ張ることに気づく→体育の授業が嫌いになる→自己肯定感が低くなる子供がいるという事実…私がこのタイプだからその子達をどうケアしていくかを考えて欲しい…
身体的不器用には苦痛でしかなかった学校体育。自己肯定感下がるわ。
運動能力が高いから自己肯定感も高くなるんだろうよ。
って言うか、運動能力の低い人を晒し首にするから自己肯定感なんか爆下がりするだろ。
なんだろう、この教育現場がお得意とする、因果関係の解釈のむちゃくちゃさ。:
いやいや、因果関係が逆やろ。
「鶏が先か、卵が先か」という話のような気がします。
因果関係逆だよね
いろんな人が呟いてたけど、これ逆だと思う。
自己肯定感が高い人が運動が出来るんじゃなくて、運動できる人が自己肯定感高くなるんじゃ...。
体育授業って体を動かして楽しむことを教えてくれるスタイルじゃないし(今も?)、運動苦手だと学校での地位が低くなりがちだよね?
→わてらの管内も昔は凄かった、が、自己肯定感は低かった。
北海道教育委員会は
「イケメンだからモテる」人を
「モテるからイケメン」とか言いそう
逆よ。
誰でも運動は楽しくやれるはずなのに、運動能力低い生徒の自己肯定感を削る教育してるだけやん?
自己肯定感というか自分の動きに対する自信だろうね。運動音痴の人はスポーツする際の自分の動きに自信が持てず、結果体が止まってしまう

そしてその失敗が恐怖となりまた体が動けず……の負のスパイラルにはまる
これも自己肯定感というより、自己効力感を測定しているのではないのかなあ。そして「運動能力が高いほど自己効力感が高い」の方が見出しにはふさわしいかも。

"
学生時代から自己肯定感低いけど
スポーツテストはAでした

それでも自分は運痴って思ってたし
そこからは迷惑かけるしって運動辞めちゃったんだよね
北海道なぁ…
自己肯定感が高くなれば、楽しいでしょう。何事も。体育に限った話じゃないと思いますけどね
逆だと思うなぁ。
……まあまあ運動出来てたけど虐められて自己肯定感なんて未だに無いんだけどな🤔
>自己肯定感が高いほど、運動能力が高い
どう考えても逆でしょう
運動能力が高いほど、自己肯定感が高くなる
特に子供の頃は「運動能力が高い」は絶対の正義だよ
児童生徒『オレ凄いだろ! イェー!』

ってだけな気が。

そして『こんなのも出来ないの? 運痴だな!』という他者卑下が生まれる。
すでに色々突っ込まれているけれど、「
いや。持って生まれたものだろう。
でも、怪我も多い。という印象。
これって相関関係があるとしても因果関係はわからないという事例ではないのか?
ちゃうでしょ。
檜山管内は「きめ細かに実態を把握し、授業改善のサイクルが確立されている▽体育の授業で振り返りの場面を設け、自分の動きの成長を感じて「自己肯定感」が向上するように工夫されている」のか。経営みたいで興味深い。
「体力向上には挑戦心や自己肯定感の育成が必要」これ逆じゃないのかな。運動能力の高くない子に対する学校体育の指導がむしろ自己肯定感を下げている、と言った方が妥当かと。
卵が先かみたいな話しだけど、運動能力が高いから自己肯定感も高いとも言えるわな。
…「できなかったことができるようになった」と実感できる授業に改善するとしている。…

私はできなくても楽しく感じられる授業にしたいし、してもらいたい。

できないことはできないのよ。
それでもいいんだ、と思える自己肯定感を大切にしたい。
ひどい時代だったなぁ。体育でダメな見本にされてた子、いたよ。
どうして「自己肯定感と運動能力に相関関係がみられた」くらいに書けないかね?
これだから教育委員会の認識は(呆)
道教委は、分析能力ないのかな。これ「運動能力が高いから、自己肯定感が高くなるの間違いだよね。」こういう大人の勝手な期待感から、子供が不幸になる。
これって、反対じゃないの?
子どもの頃は運動能力が高ければ、普通は周りにちやほやされるから、運動能力が高ければちやほやされるので自己肯定感が高くなるだろう。
ばっかじゃねぇの
どう考えても 「運動能力が高いから自己肯定感も高い」だろ
絶対逆だと思う…運動ができる→自己肯定感が上がるじゃないの?普通に考えて
…鶏と卵の関係に…自己肯定感…!?(^^;
逆ゥー!
やり方を教えてもらえず、ただ運動できないのを晒し者にされて自己肯定感下がってんだよ…!しかも今はどうか知らんが昔は勉強出来ても「勉強だけ出来てもだめ、頭でっかち、ガリ勉」とか言われたのほんと理不尽。
逆だと思う。運動能力が高ければ自己肯定感が高いと
「『できなかったことができるようになった』と実感できる授業に改善する」のはいいけど、「児童・生徒の体の動きを記録した動画を活用」は微妙だなぁ。相当上手くやらないと辱め感倍増で余計に苦痛だよ。

そもそもこれ因果逆よな。運動能力高いから自己肯定感も高まるんやで
都市部では何かしらスポーツ習ってる子が多くて、いくら運動神経良くても、プロの指導日常的に受けてる子には勝てないわけで、学校でも習ってる子を基準にするから、習ってない子は否応なしに落ちこぼれにされる
それが自己肯定感に影響するのは当然のこと
因果が逆
逆じゃない?小中学校で運動できる→出来るグループ→自己肯定感高い。やろ。
いや、逆だろ(笑)
運動能力が高いとヒエラルキー上位になるから自己肯定感が高まるんだろうに。
タイトルとURLをコピーしました