メディア記事
五輪とコロナ、為政者は「答責性」自覚せよ 井上達夫氏
バズる指数ピーク 241
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【社会】国民の声を聞かない、国民に分かる納得できる説明をしない、そして科学に敬意を払わない政治(家)には、主権者のメッセージを選挙で示す時が来た感じかな。世論を見れば、日本はもっとまともな、正直な国であることを示している。
井上達夫先生は、欧米のロックダウンと対照的な、自粛要請という柔らかな規制の弊害を懸念してきた。
「たとえば損失補償義務を否定し、裁量的な政治的支援だけで、政府は逃げられる。」
「たとえば損失補償義務を否定し、裁量的な政治的支援だけで、政府は逃げられる。」
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リベラル学者としては井上先生はリアリストなほうなので、まだよいとして、朝日も社説で五輪中止を求めた以上、甲子園中止を応分に求める声に対する「答責性」があるんじゃないんですか。
リベラル学者としては井上先生はリアリストなほうなので、まだよいとして、朝日も社説で五輪中止を求めた以上、甲子園中止を応分に求める声に対する「答責性」があるんじゃないんですか。
いま心すべきは、一人ひとりが責任主体として失政を監視し追及する覚悟を新たにすることに違いない。
答責性とは実は、自分の他者に対する行動が、たとえ相手の視点に立ったとしても正当化できるか、その反転可能性を自己批判的に吟味してみることであると。
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中止を決定できるのはIOCのみ。開催都市としては開催か返上しかない。
今のまま開催したとして、平和、交流、共生を目指す五輪精神は逆に傷つかないでいられるのだろうか。
今のまま開催したとして、平和、交流、共生を目指す五輪精神は逆に傷つかないでいられるのだろうか。
山口公明党代表、公明党支持者の皆さんへ「小さな声を、聴く力」ありますか?「
五輪とコロナ、為政者は「 井上達夫氏
朝日
政治の役割は人々が見たくない現実を冷徹に見据えることなのに、こうあってほしいという願望思考ばかりで、危機の実相を直視しようとしなかった。
朝日
政治の役割は人々が見たくない現実を冷徹に見据えることなのに、こうあってほしいという願望思考ばかりで、危機の実相を直視しようとしなかった。
[答責性と正義|井上達夫] 答責性の本質は正義の概念と深く関係する。「正義とは、自己の権力欲や他者へのバッシングを合理化するイデオロギーではない…自分の他者に対する行動が、たとえ相手の視点に立ったとしても正当化できるか、その反転可能性を自己批判的に吟味…」
五輪とコロナ 、為政者は「答責性」自覚せよ 井上達夫氏
ついに怒りの鉄拳が
《政治の役割は人々が見たくない現実を冷徹に見据えることなのに、こうあってほしいという願望思考ばかりで、危機の実相を直視しようとしなかった。》
法哲学者の井上達夫氏「為政者は有権者に説明責任を果たさなければならない。民主主義の基盤だ。それを怠る彼らにより自覚を促すため、僕は「答責性」という厳しい言葉をかみしめてもらいたいと思う」
全くだ。。。
選手たちは、一般人の視点から自分を見つめたとしても、多くの命が失われているこのコロナ禍で五輪に参加したいか、正当性はあるのかと考えることだろう。実際、多くの選手たちが、既にそうした自己批判的な思索を試みていると僕は想像する。
選手たちは、一般人の視点から自分を見つめたとしても、多くの命が失われているこのコロナ禍で五輪に参加したいか、正当性はあるのかと考えることだろう。実際、多くの選手たちが、既にそうした自己批判的な思索を試みていると僕は想像する。
正義とは、自己の権力欲や他者へのバッシングを合理化するイデオロギーではない。自分の他者に対する行動が、たとえ相手の視点に立ったとしても正当化できるか、その反転可能性を自己批判的に吟味してみること(文中)→
「政治の役割は人々が見たくない現実を冷徹に見据えることなのに、こうあってほしいという願望思考ばかりで、危機の実相を直視しようとしなかった」
コロナ下でも五輪開催の方針を変えない政府の姿勢について、法哲学者の井上達夫さんに聞きました。
コロナ下でも五輪開催の方針を変えない政府の姿勢について、法哲学者の井上達夫さんに聞きました。
【朝日】
<政治の役割は人々が見たくない現実を冷徹に見据えることなのに、こうあってほしいという願望思考ばかりで、危機の実相を直視しようとしなかった>
<政治の役割は人々が見たくない現実を冷徹に見据えることなのに、こうあってほしいという願望思考ばかりで、危機の実相を直視しようとしなかった>
「答責性の本質を探っていくと、僕が長年研究してきた正義の概念と、深いかかわりがある」→
記事⬇︎>このまま五輪を強行し、取り返しのつかない被害が出たら誰が責任を取るのか。誰の首が飛ぶのか。👈「衆議院選挙」2021/10/21迄に😏
為政者は「答責性」自覚せよ
新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、東京五輪・パラリンピックの開催が危ぶまれている。開催の方針を変えないとする政府の説明は、国民に届いてきただろうか。
”為政者は有権者に説明責任を果たさなければならない。民主主義の基盤だ。それを怠る彼らにより自覚を促すため、僕は「答責性」という厳しい言葉をかみしめてもらいたいと思う”