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議論が怖いので多数決じゃダメですか?投票とくじ引き民主主義  | News Up
議論が怖いので多数決じゃダメですか?投票とくじ引き民主主義 | News Up
【NHK】議論するより多数決で決めた方が早い?選挙中の話題のツイートから「議論が怖い」理由をひも解くと民主主義の根幹が見えてきた…

バズる指数ピーク 134

 twitterコメント 170件中 1~100件
議論が怖いという感覚はわからなくはない。

素の私はめっぽう口下手。

でも、そんな私は議会では、おそらく誰よりも発言しています。

議会では議長という絶対的なファシリテーターがいるので、安心して発言できます。

議長ありがとうございます😊
パブリック・リレーションズで「 が怖いので じゃダメですか? と | |
自民党の広報みたいな放送局が情報統制をしているんだから、SNSとかで情報収集していない人が議論するのは難しいJARO
ロンパ、ろんぱの弊害だな
世代云々よりも、そもそも主語を曖昧にしがちな日本語自体が議論することを前提として成り立っていないことを認識する必要があると思う。

でも逆を言うと、そこさえきちんと意識出来れば議論ができるようになるかもしれないのでそれほど悲観はしていない。
ディベートの訓練をしてないとこうなる。
対話しない事が平和的解決の最短だと思ってる人、SNS全盛時代だからこそ多そう。
人によって意見や価値観が異なるんだから軋轢あって当然だって前提が不在、だし、過程の衝突を悪としちゃう
「議論が怖い…」

「意見を否定されたら自分を否定されたような気分になる」

SNSで、そんな声があがっています。

一方「議論することでほかの人と意見をすり合わせたり、違う見方を知って世界を広げたりできる」との指摘も。

議論ってやっぱり、怖いものでしょうか。
議論の中で、自身の攻撃性に向き合うことを忌避して、無意識にも多数決だとか、空気だとかいう言葉ならざる暴力性に頼る。

そんな人、特に若者には少なくないように思う。
ファシリテーターってそれほど簡単じゃない。
議論よりもまず、「議論の作法」をみんなで学ぶところから始めよう。
くじ引き云々は知らんけど、やっぱりその場の“空気”が気まずくなるのはあるよね。
基本的に真面目に正直に答えているので、当然のことながら馬鹿にはしていないんですけど「自分の一票にどれだけ意味があるかわからないけど、若者の投票率は挙げないといけないから選挙には行かなきゃ」っていう答えが出ている時点で、議会制は成立しないすよ此れ。
民主主義的が加速した結果の痴呆化の典型ですね。民主主義は議論を加速させ集合知が-みたいな人は此処が分かっていないんですよ。単なる国民主権一辺倒の多数派民主主義では「議論する必要なんてなく多数決投票」に訴えればいいという話になる…
つくば市の「形だけ市民参加」「聞いただけパブコメ」ではなく、記事中の岩倉市のような取り組みがつくばでもされていればまちの姿はもっとよくなっていただろうに。
議論怖がってんのはNHKじゃないんですか?
想像だけど意見に反論することを”口答え”だと曲解されて逆上される経験が重なると意見の主張は危険で面倒でコスパ悪いって学習するのも無理ない感はある
議論するためには相手がある一定レベルの知識や経験を持っていることが大前提

議論を避けたがるのはその時点で相手に劣ることを自ら認めるようなもの😶
議論をすると怒る人がいるからなぁ。
すぐ興奮したり人格否定に走る。頭の中身をさらけ出して意見を擦り合わせる作業なのに。
納得してないくせに沈黙する人が増えるほど危険な社会になる。
多数決に逃げるのは凄い今っぽいなって思う。正しさとは多数派であること。
SNSとか討論番組とか見てたらそう思っちゃうよね>「意見交換したところで持論は変わらないから時間の無駄」
研修の経験でいうと、
・本人の意見とは別にあえて立場を与える(ディベート的に)
・相手の人格を否定しない
・この場限り(SNS等への投稿はしない)
といったルール決めで練習させる感じ
「議論は喧嘩」と考え、ゆえに、「勝負」と考えるのも、要因かと思う。また、自分の考えを否定されたり、間違いだとされれば、自分が傷つく、などもあると感じる。
くじ引き民主主義は
面白い方法だと思う。

欠点は
確かにそうだけど、

条件は
今の議員に
当てはめて良いのでは?

政治の話のタブー化が
市民から独裁政権樹立へ
足を向けさせると思う。
とりあえず、かねてからくじ引き民主主義についての本は読みたいと思っている。
「議論が怖い…」

「意見を否定されたら自分を否定されたような気分になる」

SNS上で、そんな声があがっています。

一方「議論することでほかの人と意見をすり合わせたり、違う見方を知って世界を広げたりできる」との指摘も。

議論ってやっぱり、怖いものでしょうか。
自分の意見言うって事が怖いの分かるけどね🤔……
新しい思想や価値観を知ることが出来る。
って考えると議論も楽しいと思える時がある😌

🧐…(でも、Twitterって、そもそもそう言う…)
「家族にさえ、自分の意見や思想を伝えることはしないので、人と違う意見を持っていると周りに思われるのは怖いと思いました」
『「それって違くない?」って言われたら、自分自身を否定されたような気分になるので、それはできるだけ避けたいって思っちゃいます。怖くて自分の意見を言えない』

慣れれば大丈夫だと思う。😉
面白いね。
全文は読めないけど最近の記事とNHKの企画です。民主主義に興味を持っていただけるきっかけになれば。
たしかに、議論を避けたがる大学生が多い。その心理を理解しておかないといけないな。

議論が怖いので多数決じゃダメですか?
≫

”選挙で選ばれた議員ではなく、無作為に選ばれた市民が討議を行い、行政の意思決定や政策に反映させるという考え方を「くじ引き民主主義」と呼ぶ”
議論が苦手な人って多いよなぁと思っていたところに、ドンピシャな内容📄

無作為抽出された市民が参加する「くじ引き民主主義」

ネーミングが的を得ていない気もするけど、内容はとても興味を持てた

「ファシリテーターが必要」と。やっぱりそこ大事よね✨
学生の頃、いきなり多数決取ろうとして教授に呆れられた覚えがある。議論の経験は思考の幅を広げてくれる☆

「でも本当は人って完璧な存在ではないので、他の人と議論しながら意見をともに作っていくことができるのですが、今の日本では大人も含め、それが苦手ですよね。」
「『多数決の論理』は、『違うこと』を前にして、そのどれかを選び、ほかを否定して得る『結果を重視』する思考」(『文化人類学のエッセンス』167頁)であることを踏まえると、安易に多数決に頼ることは、社会の分裂を加速させるので、そちらの方が怖かったりします。
議論が怖いので多数決じゃダメですか?

「家族にさえ、自分の意見や思想を伝えることはしないので、人と違う意見を持っていると周りに思われるのは怖いと思いました」都内大学生
・議論したくない
・傷つけない
・傷つかない
・落としどころとかどうでもいい
ここ十年、良い若手人材は期待できないな
うーん、中高生からのディベートの必要性はずいぶん前から言われてるけど、それ以前だなあ。
否定されるから自分の意見を言わない、は他人の意見を本気で聴いてないからって気もするけと…
議論と意見交換の必要性があるのに即多数決。まさにこれ
空気を読んで、こういう行動を続けている間に、どんどんまともに考える力を失っていく。
これ面白かったので記事本文読んでみてほしいな。
《
読了。
>>「政治家は自分たちの代表じゃない

おっと!いきなり「日本国憲法の否定」から入りますか?

これが「カルト」ってヤツですね。😱
「政治家は自分たちの代表じゃない」

そんな不信を少しでも払拭し、政治的な決定に“納得感”を持つにはどうしたらよいのでしょうか。

議会制民主主義を見直すヒントは「くじ引き」にあるというのですが…

くじ引き民主主義って知ってますか?
めんどくさいが面白いってゆうことはない。単純に自分の意見を主張できる。誰かに伝えられる。ことが人間にとって大事なんです。
吉田徹教授
“自分の考えを持っていない”と思ってしまう人にはものすごく苦痛で、心理的負荷が大きくかかってしまうんですね。それとは逆に、自分の意見こそが絶対だと思い込んで→
くじ引き民主主義、おもしろい。裁判員裁判も考え方は近い話なんかな。
参議院選挙から一夜明けました

選挙結果って一喜一憂しやすいところがありますよね

自分が選んだ候補ならばなおのこと

でも、“勝ち負け”だけじゃなく1票には一人ひとりの理由があったはず

投票がきっかけでちょっとでも意見を言いやすくなったらいいですよね
私は非常に良い記事だなぁと思いました。

特に意見のすり合わせができない大人が多い、というのは私もお仕事をしていてよく感じるところです。
管理クラスタの大好物転がってたw
これは今の時代に特徴的な現象ではないと感じます、日本人は昔からdialogが苦手な民族です。対話ではなく口論になってしまう(ジョークやユーモアが足りないことも影響)、そのために根回し文化が定着したともいえます。
>当選したのはサヤさんが投票した人とは別の候補者で「自分の1票では何も変わらないのかな」と

この理屈がいつも分からなくて、自分が選んだ人が当選したとしても、自分が選挙結果に影響を与えてないことに変わりはないよね。1票減ってもその人は当選してるんだから
政治について自分の考えを主張し始めた途端、その場の“空気”が気まずくなった。その人と私の考えは違っていた。
でも、たいした意見なんか持ってないし、“論破”されてもいやだし…
意見が違う状態を怖がり過ぎだと思うぞ
結論が一致するのが当然だと思いすぎている人が多いように思います。
意見は違うのが当然だと思うんだけどなあ
「議論が怖い…」

「意見を否定されたら自分を否定されたような気分になる」

SNS上でそんな声があがっています。

一方「議論することでほかの人と意見をすり合わせたり、違う見方を知って世界を広げたりできる」との指摘も。

議論ってやっぱり、怖いものでしょうか。
自分の意見を伝える議論に苦手意識がある人は思ったより多いかもしれない。就活ではそういう試験もあるので、就活の準備も兼ねて練習しておけるといいですね。
これは会社でも感じるなー。でも、お話しないとどうしてそう考えたか分からないから、喋ってほしいんだけど。
> めんどくさいは、おもしろい

これは良い言葉ですね
おもしろいことはめんどくさいし、めんどくさくないことっておもしろくない
「おもしろい」と「めんどくさい」は本質的に繋がってる気がします
一個人が政治的擬論をするメリットってなんですかね。政治認識は個人の価値観や利害関係に密接に関わるもので仮に主流から外れたら反社会的パーソンの持ち主と断定されるリスクもあるのだが
あれやこれやを義務教育に入れた方が良いという意見はよくあるけど(プログラミングとかダンスとか)、やっぱりまずディベートなんじゃないかなって思ったりする。
きょうは参院選の投票日、投票には行くけど…

「政治ってなんだか語りづらい」

そんなふうに思ってしまうのはどうしてなんだろう。

選挙をきっかけに、ちょっと考えてみました。
「“自分の考えを持っていない”と思ってしまう人にはものすごく苦痛で、心理的負荷が大きくかかってしまうんですね。それとは逆に、自分の意見こそが絶対だと思い込んで相手を『論破』したと見せようとする人もいます。

でも本当は人って完璧な存在ではないので、」(⇒続く)
議論をしようにも、声が大きい人の意見が通ってしまうこともあるし、難しいこともあります。
設問にもよるだろうけど大きなベクトルを投票で決めてしまってから細かな部分で調整する。というのは現代の民主主義にも通じるところはあると思う。
もはや「多数決」は自由民主主義の敵なのかもしれない。早めに革命を起こした方がトータルとしては害が少ないのだろうな。嫌だなあ
【スタスク💫子どもニュース】

若い人たちは「話し合い」がこわい!?

「何を言ったらわからない」

などの人が増えている様子…。

案外、自分の意見っていろんな人が聞いてくれるよ✨

心配せず、自分の思いを言ってみよう🌟
議論で大事なのは持論を強く持つ事でなく相手の話を聞く耳を持つ事。
それで自分の持論が変わらなくても相手の考えに触れる事が自分の見解を広める事になる。
日本人議論苦手よね。議論のやり方みたいなのを習ったのは社会人になってファシリテーションを学んだ時だものな。義務教育でやったら良い。
似た話は別の記事でも読んだことあるけど、このインタビューされた大学生の「自分の意見を否定されると自分自身を否定されたと感じる」は認知が歪んでると思う
意見を否定しただけであって相手も一意見に過ぎないからね
日曜日は参院選の投票日だけど、選挙に行こうと言われても…

「政治ってなんだか語りづらい」

「自分の1票で何か変わるの?」

そんなふうに思ってしまうのはどうしてなんだろう。

選挙をきっかけに、ちょっと考えてみました。
人々に活発に議論をしてもらうには工夫がいる。くじ引き民主主義もその一つだと思う。日本の教育現場では、その工夫をどれだけしているか少し疑問。ディベート的に意見を開陳してくれると単純に期待していないか?海外の大学で教えてきたけど、それ米国人大学生だって無理。
民主政治の失敗責任は市民に帰すのだからこそ、前回の投票を反省し次の投票に生かすべきだが、失敗を認めたくない・反省したくないという幼児性から投票行為の変化に繋がらない
呑気に書いてるが、 今の日本の若者が染まっているのはファッショだよ

凄く恐ろしい事なんだよ

『
「自分の意見を言ったときに、そういう意見もあるんだと受けとめてくれたらいいですけど、「それって違くない?」って言われたら、自分自身を否定されたような気分になる」
こうした、議論が怖い!、という感覚が、若者の間に存在するのは、何故なのか? 互いの差異は棚上げして、関係維持・ゆるやかな親密さ維持を大切にしたい心理があるのだろう。差異が表面化すると、関係破綻・親密さのひび割れを招くのでは?という不安があるのだろう。
くじ引き民主主義、面白いな。古代ギリシャみたい。
>「言い合える世の中に」<
議論が怖い…

恐怖で言論ができなくなる

そんな世の中でいいのでしょうか?

「どっちが正しいとかどっちが
間違っているとかではなくて、
自分の意見をちゃんと言い合える
世の中であってほしい」

今、民主主義について考えます。

(7月7日公開記事)
なんか…私がいた頃からアクティブラーニング〜とか協働学習みたいな事が言われてて、取り組みも(たまに)全校種やってきたと思うけど、なんだか全然、根付くには程遠いんだなあと思うなど。。
訓練しないと怖いまんまですよね。/優秀なファシリテーター欲しい。
"選挙で選ばれた議員ではなく、無作為に選ばれた市民が討議を行い、行政の意思決定や政策に反映させるという考え方を「くじ引き民主主義」と呼ぶそうです" 古代ギリシャのやり方だ。
なんだろうね?議論を忌避する傾向。
議論は、別に暴力でも何でも無く、平和を維持するための一つの方策でもあるのだけどね。議論を避ける=平和的と勘違いしている人が多いよね。
例えば「〇〇党を積極的に支持する!」と発言すると多分「バカウヨ」「パヨ」「これはひどい」「脳みその病気」みたいなタグのメタブつくじゃん。政治の話したかったら真面目にそういうのやめようよ。
くじ引き民主制の意義は認めるが、「議論が怖い」の処方箋にするのはダメでしょ。
あるワークショップで最悪の方法と学んだので「議論なしの投票」だけは絶対に採用しない。詳しくはワインバーグの『スーパーエンジニアへの道』をご覧あれ。
“「意見交換したところで持論は変わらないから時間の無駄」”
ブロックヘッドポッドキャストに通じる
「それって違くない?」って言われたら、自分自身を否定されたような気分になるので
単純に自分の意見を持ってない場合もこうなりそう。
議論もせずに結論だけ出すなんて怖い世の中だなあ。
直接対話(会議室とか直接対峙するとか)は怖いというのは判らんでもないが、それで多数決で決めるってのは民主主義的には少数意見を封殺する事だし後退してるんやで。代表者に代弁させるってのも一つの方法。
“政治というと永田町の一部の人たちが行っているという、縁遠いイメージがマスコミ報道などの影響でできあがっていること、また歴史的に見ると、かつて過激化した学生運動の影響も”
そもそも自分の意見に自分自身を乗っけ過ぎなのかも知れない。だから相手の意見にも相手自身が乗っかってるように見えてしまう
この記事は

たくさんの議論の末にできました
議論しないから一方的に文句言う人になっちゃうんだね。
つくづくおかしな国、日本。"議論" は相手の意見を否定したり、相手の考えを封じることじゃない。それすらも理解できないとは…。意見・考えだけでなく、人格を否定する・されると勘違いするヒトも多いとは。議論を小さいときから教える・教わること怠ってきた結果が、これ。
「意見交換したところで持論は変わらないから時間の無駄」という意見には昨今の結果を先回りしたがる傾向を感じるし、「多数派に付くのが良しという文化」という意見には、それが間違っていても従おうとする怖さを感じる。

議論が怖いので多数決じゃダメですか?
義務教育でアレをやるべきコレをやるべきやらないべきとか色々あるけど、感情的攻撃的にならずに議論する方法を学ばないとダメなんじゃないかな
多様性は悪みたいな全体主義の臭いがする。現代日本の初等公教育では個より組織を優先する横並び全体主義を叩きこまれるんだよな。
従来の民主主義を補完する枠割も?
教育プロデュースChannel】にご登場いただいた元麹町中学校の工藤勇一校長や元開成中学校の柳沢幸雄校長も異口同音に「対話を恐れない、すべき」とおっしゃってた。これって個々の性格ではなく小中高現場での「場数」の差じゃないですかね
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