メディア記事

信楽鉄道事故31年 教訓まとめた冊子、非公表 背景にJR西批判
信楽鉄道事故31年 教訓まとめた冊子、非公表 背景にJR西批判
 滋賀県甲賀市(旧信楽町)で1991年5月14日、信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車が正面衝突し、42人が死亡、600人以上が負傷した事故で、SKRが教訓を総括した冊子を作製したものの、10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっていることが関係者への取材で判明した。専門家は「貴重な資料で、公表し

バズる指数ピーク 59

 twitterコメント 46件中 1~46件
なるほどJR西日本への忖度か。
…事故の本質を振り返るには、当時のJR西の体質などの問題点を指摘せざるを得ない。裁判での主張など公的な資料をまとめたもので、SKRの責任にも言及している。JR西の債権放棄を『大英断』として感謝も記してい…
国鉄民営化という愚行が無ければ、絶対に起きない事故だった。
安全面軽視は民営化の必然で、民営化のメリット(仮にあれば)の為に人命の喪失はやむを得なかったと言うべきだよね、民営化マンセーの方々は。
大きな犠牲を伴なってはいるが失敗から学ぶ意味でも非公表は勿体ないと思う
続きの記事ではJR批判を修正したとあるようだがそれでも公に出来ないのは何故なのだろうか
3セクと大手って力関係そんなに大きいのかな

興味深い記事

かつて京都新聞ベテラン記者の方が事故原因を探る何十回の長期連載していました。石橋湛山ジャーナリズム賞も受賞していたはず
都合の悪いものは隠すか廃棄する国。
信楽高原鉄道が事故の教訓を総括した冊子を作製したものの、10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっています。
販売しなくてもいいから、せめて図書館に置いてほしい。
先の大戦の総括をしない我々の性根は、様々な分野で原因を公表せず「社会的責任」を果たさない無責任な烏合の衆に成り下がったまま。議論があればそれを公表し間違いがあれば堂々と訂正する。異論も公開し世間に問う姿勢がない。国が沈没するはずだ。
もったいないオバケが出そう。
関西大 安部誠治教授(交通政策論)
「当事者企業が事故を総括する冊子を作ることは意義のあること。会社として作製を決定した以上、完成した冊子への批判があれば甘んじて受けるべきだ。死蔵しているのは社会的損失だ」
信楽高原鉄道が事故の教訓を総括した冊子を作製したものの、10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっています。
そして、今日は信楽高原鐵道事故から31年目…この事故を真摯に反省して企業風土が変わっていれば福知山線事故は防げていたかもしれない…。
42人が死亡、600人以上が負傷したが「 が教訓を総括した冊子を作成しながら、 に忖度して「
某社とか某電気会社とか、安全を守るために何が必要か分からないんだよな。多分、上が天下りかなんかの素人なんでしょう。
和解交渉で揉めに揉めたから忖度してんだろうけど、そんなことでは犠牲者は浮かばれやしないよ
13年6月に就任した正木仙治郎社長(甲賀市副市長)は「この内容では公表できない」と判断。
同氏は毎日新聞の取材に対し、冊子の中でJR西の事故に対する姿勢に批判的な文言があった点を問題視したと説明した。
信楽高原鉄道が事故の教訓を総括した冊子を作製したものの、10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっています。
運輸事故委員会とかのその前のそれ以前の事故だからなあ。
これはよく突き止めましたね…
数年後、JR西が起こした大事故のニュースを観ながらどんなコメントを出すのかしっかり観ていた。「置き石があった」、「線路上に故障車があった」とか速報。「全くやり方が変わってない」と思った。
1991年に42人が死亡、600人以上が負傷した信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車の正面衝突事故。

SKRは教訓を総括した冊子を作りましたが、10年近くにわたって「塩漬け」になっていることが毎日新聞の取材で判明。背景を村瀬記者が追いました。
「事故はJR西の責任で起きたというような被害者意識が強い内容だと受け止めた」。 社長を兼任する甲賀市副市長は、冊子を社外秘とした判断について、そう説明します。
なぜ?教訓を伝える冊子が「この内容では公表できない」という判断で「塩漬け」に。<最終的に70部が印刷されたものの、作製に携わった関係者や社員の手にのみ渡り、冊子の存在は社外には秘された>
信楽鉄道事故の教訓をまとめた冊子が非公表になっていた、という記事、本日朝刊です。
信楽高原鉄道が教訓を総括した冊子を作製したものの、10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっていることが関係者への取材で判明した。
信楽高原鉄道が事故の教訓を総括した冊子を作製したものの、10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっています。
:
日本は記録に残す思想が薄弱なのかもしれない。司馬遷のような大歴史家もいなかった。
『滋賀県甲賀市(旧信楽町)で
1991年5月14日
信楽高原鉄道(SKR)と
JR西日本の列車が正面衝突
42人が死亡
600人以上が負傷した事故
教訓を総括した冊子を作製
10年近く外部に公開せず
「塩漬け」』

信楽鉄道事故31年
教訓まとめた冊子
非公表
背景にJR西批判
滋賀県甲賀市(旧信楽町)で1991年、信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車が正面衝突して42人が死亡、600人以上が負傷した事故で、SKRが教訓を総括した冊子を作ったものの、10年近く「塩漬け」となっていることが判明しました。

何が「塩漬け」にさせたのか。村瀬記者の取材
SKRやJR西日本が公共の福祉に適うよう、事業を行わせる、
監督省庁/規制省庁は、言うまでもなく である。

だから、
SKR信楽駅を赤信号で発車した事実と、JRWとSKRが信号制御の無認可改造をした事実は消えない。まさか他にも何かあるのか?。
≫
知床の観光船事故を見ていると、安全のためには厳し過ぎると思うくらいの普段の取り組みが必要と実感する今日このごろ。こういう話を聞くと非常に残念。大津支局のスクープです。
大津支局のスクープです。せっかく作りながら、なぜ生かせないのか。本当残念で、悲しくなる話です。
1991年に信楽高原鉄道とJR西日本の列車が正面衝突した事故から30年余り。42人が亡くなり、600人以上が負傷した惨事の教訓を総括した冊子が、外部に公開されず封印されたままになっていることが分かりました。支局の記者が関係者への取材で埋もれていた事実を掘り起こしました。
調査報告書をお蔵入りさせるという判断は、反省せず風化させたいという願望に基づくものが多いですね。中身について議論をして、修正したものを公開するという選択肢もあるはずです。
1991年に信楽高原鉄道とJR西日本の列車事故が起き、42人が亡くなられました。信楽高原鉄道は教訓を総括した冊子を作製しましたが、10年近く外部に公開せず「塩漬け」になっていました。その理由は…
"専門家は「貴重な資料で、公表して社会で役立てるべきだ」と指摘する"
ザ・ニッポンの縮図、だな。
お蔵入りの事実を明らかにし、その背景に迫る
31年前に滋賀県で起きた信楽高原鉄道とJR西日本の列車衝突事故を総括した冊子が、作製後10年近く公開されていないことが判明しました。信楽高原鉄道の社長が、JR西を批判した文言を問題視し、塩漬けにしていたそうです。42人の命が失われた教訓は、引き継がれるのでしょうか。
JR酉は完全に腐りきっている。
信楽鉄道事故31年 教訓をまとめた冊子が「塩漬け」に


42人が死亡、600人以上が負傷した信楽高原鉄道とJR西日本の列車衝突事故。その教訓を総括した冊子が10年近く外部に公開せず「塩漬け」となっていることが判明しました。背景に何があるのでしょうか。
最終的に70部が印刷されたものの、作製に携わった関係者や社員の手にのみ渡り、冊子の存在は社外には秘された。
日本の深刻な欠陥の一つは失敗から教訓を汲み取り、社会全体と共有するためにそれを積極的に公表する姿勢に欠けている点だ。行政が関係する場合は特に顕著だ。>
読んでみたいよ。それが事故の風化防止に繋がるから。
タイトルとURLをコピーしました