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過去の言動は死後に美化されるのか 石原慎太郎氏の死去から考える
過去の言動は死後に美化されるのか 石原慎太郎氏の死去から考える
 元東京都知事、芥川賞作家の石原慎太郎氏が2月1日に死去して1カ月余りが過ぎた。SNS(ネット交流サービス)上には、功績をたたえる投稿が目立ち、石原氏を批判した投稿には抗議が殺到した。中国の故事成語にみえる「屍(しかばね)に鞭(むち)打つ」は不道徳との見解だ。では、不都合な過去は全て忘れてしまってい

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「美化しているんじゃない。せめて訃報が流れた当日位黙っとけよ」
というのがわからないのが毎日新聞。
同じ事、瀬戸内寂聴にも言ってみろよ。
死人に口無とはよくいったものだ。
石原氏から論破されまくっていたこの新聞は、反論できなくなった今でも死者を冒涜し続ける。
いったい誰の声なのか?
なぜ、反日新聞がここまで自己を正当化できるのか?
国民を洗脳しようというのか?

死去から考える
この記事書いたアホ誰? 前提がおかしいんだよ、考え方の。
「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授(社会心理学)に話を聞くと、政治家は歴史の法廷で裁かれるという中曽根康弘元首相の言葉をヒントに挙げました。
違和感はこれだった。その通りだゎ。有料記事だけど導入部だけでも読んでよかった。
「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授(社会心理学)に話を聞くと、政治家は歴史の法廷で裁かれるという中曽根康弘元首相の言葉をヒントに挙げました。
「政治家の人生は、その成し得た結果を歴史という法廷において裁かれることでのみ、評価される」(「自省録~歴史法廷の被告として」新潮社)と述べた中曽根元首相は正しかったのだろうと。
「死人に口なし」という言葉があるように、死者は自身を擁護できません。

かといって賛美するものか?
亡くなった人の方が肯定的に評価されました。さらに、亡くなった人のことを悪く言うべきではないという「社会規範」が高い人ほど、相手の性格をポジティブに評価していたのです。
前にも書いたが、過度の批判は慎んだほうが良いが、生前の活動の評価はあってしかるべきだ。それが正統な政治家への評価となる。本人も賛否が起こる事を望んでいるだろう、自分の行動や意見が死後も評価の対象になるなんて嬉しいに違いない。
「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授(社会心理学)に話を聞くと、政治家は歴史の法廷で裁かれるという中曽根康弘元首相の言葉をヒントに挙げました。
時間の問題は大きいよね。やっぱり何を言うにしてもタイミングの問題というのはあるから。 >
うーん、本件は「死者の美化」なのかな?→
『中国の故事成語にみえる「屍(しかばね)に鞭(むち)打つ」は不道徳との見解だ。では、不都合な過去は全て忘れてしまっていいのだろうか。』
「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授(社会心理学)に話を聞くと政治家は歴史の法廷で裁かれるという中曽根康弘元首相の言葉をヒントに挙げました。
いずれにしても彼は我々の中に生き続けているということか…
「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授に話を聞くと、政治家は歴史の法廷で裁かれるという中曽根康弘元首相の言葉をヒントに挙げました。
>シンプルに「時間を置く」べし。時間の経過は、対立関係に伴う感情を薄れさせ、評価する側の視野も広げる。死者批判を忌避する社会規範より、社会に影響力を持つ著名人への正確な事後検証が優勢になる。
◆石原などは、生きてようと、死んでようと、「強烈な批判を浴びせないのは、美化してるのと同然」だ。◆その視点から、自社の記事を見直すがいい。
てか新聞報道も美化するばかりで酷かったですよね。
元東京都知事・石原慎太郎氏の死去後、SNS上で石原氏を批判した投稿に抗議が殺到しました。「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授と考えます。
石原慎太郎について

↓ この意見に100%同意です。それは生死に関わらず

「彼が女性や外国人など多くの人々を侮辱し、傷つけたことを腹立たしく思う。日本で公然とヘイトスピーチをまき散らしてよいと差別主義者たちを安心させたところに、彼の大罪がある」
では、大手マスコミは、生きてる時に批判したかな?
【新聞CliP】《白岩(祐子)准教授は次のように解説する。死者を存命時より肯定的に評価する現象には▽社会規範▽死の恐怖▽被透視感▽理想化・美化▽対立関係の消失――という五つの背景が関わっているという》 | 毎日
「死者は美化されるのか」という共著論文がある埼玉県立大の白岩祐子准教授(社会心理学)に話を聞くと、政治家は歴史の法廷で裁かれるという中曽根康弘元首相の言葉をヒントに挙げました。
言動は死んでるか否かにかかわらないと思うけど、死んでて反論や補足ができないと真意が伝わらない可能性がある、か。…記事に書いてないけど、読んで思ったこと。。😐
美化なんてしたくはないが、単に死を喜んでいるわけでもないので何も言わない
SNS(ネット交流サービス)上には、功績をたたえる投稿が目立ち、石原氏を批判した投稿には抗議が殺到した(審議)
国家社会主義、民族主義、ナチズム、Militalism 全体主義のごった煮でネット井の中蛙大騒ぎ。軍産複合体、戦争の親玉共の哄笑の響き。
死後に美化されて独り歩きをした事例は歴史上数々ある。特に、生前を知る人たちがいなくなると、本人の悪事は消えてしまう。最近では田中角栄の例がある。
白岩さんがコメント。
私がよく知る「被透視感」とは違うんだけど,こういうのも「被透視感」と呼ぶんだ。
作品や実績を冷静に分析しようって話じゃなくて、タカ派の代表格として踏み台にしたいという話らしい。好きなだけ叩けばいいけどセコいわ
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