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24色のペン:なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)

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ウェブコラム \

JR秋葉原駅のホームに、70年続くミルクスタンドがあるのをご存知ですか? 自販機やコンビニの普及で消えたこういう店。しかし、 記者によると、生き残った秘訣は、社長のこだわりにあるそうです
戦後流行したミルクスタンドは、自動販売機の普及やコンビニエンスストアの拡大などに押され、次第に姿を消していきました。そうした中、JR秋葉原駅ホームにある「酪」はなぜ生き残れたのでしょうか。毎日新聞経済部の赤間清広記者のウェブコラムです。
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「こだわり」と「時代に合わせた変化」で生き残ってきたという。これからもがんばって守り続けてほしい。
規模は小さいけど、御徒町にもあるぞい!
日曜日にたくさん売れるため、月曜日は殆ど売り切れになると言ってたから注意が必要だがのぅ!

爺呟

22.07.11(月)情報
いちご牛乳飲みたくなったときにはココ行きます🍓
これからも残り続けて欲しいです〜
<話題の記事>なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか


JR秋葉原駅にあるミルクスタンド。牛乳好きの「聖地」と呼ばれています。

創業は1950(昭和25)年で、乗降客と時代の変化を見つめ続けて70年以上になります。
「酪」でこだわりの牛乳を試してみた。口の中いっぱいに牛乳のいい香りが一気に広がった。この間にも客が次々と来ては注文していく。ここが「聖地」と言われる理由がよく分かった。
うれしい誤算もあった。外国人観光客に瓶入り牛乳が大受けしたことだ。
「海外では牛乳瓶自体が珍しいらしいね。みんな喜んで飲んでくれるよ」
こういうのあるのか。知ってれば行っていたなー
なぜ記者は企業努力とお気持ちに寄り添うだけで疑問に迫らないのか…。
長く生き残るものにはそれだけの理由がありますね。ミルクスタンド、行ってみたいです。

赤間清広記者 @AkamaKiyohiro の記事です。
高度成長期は日本中の駅にあった「 ホームにあり、牛乳好きの「聖地」と呼ばれています。経済部の赤間清広記者が、70年以上続くミルクスタンド「酪」の魅力と営業戦略から、日本の農業や流通の未来を考えます。
ここでSuicaが使えなかったことを「何かの利権」とほざいた夏野氏の発想の卑小さを噛み締めながら読みたい記事

なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)
<24色のペン>なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)
アキバにミルクスタンドが残っているの私も何となく 不思議に思っていた。
決めては商品の主力を地方の牛乳メーカーが作るご当地牛乳に変えたこと、そして、瓶入りにこだわったことらしい。
なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)
"ミルクスタンドは、日本のファストフードのはしりでもあったんだけどね。気がつけば、うち以外、同業者がほとんどいなくなってしまった"
なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)
ミルクスタンドの事は知りませんが、私が子供の頃に家々の玄関の郵便受けの横に付いていた

「牛乳受け箱

は、めっきり見なくなりましたね。😢
使ったことがある。秋葉原駅のミルクスタンド。何十年前だろうか?未だあるんだ⁉︎
Achilles Last Stand
秋葉原ミルクスタンド
普通に御徒町にもあるが?
なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか


JR秋葉原駅にあるミルクスタンド「酪」。創業は1950(昭和25)年。乗降客と時代の変化を見つめ続けて70年以上になります。
24色のペン:なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)...
24色のペン:なぜ秋葉原にミルクスタンドは残ったのか=赤間清広(東京経済部)
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